どうかと思うよ。まったく。
今朝息子が暗い顔で「夜、一人暮らしした時の毎月の生活費、計算したらどうしても赤字になる」と言う。
おかしいな。そんなに贅沢をしなければキツキツでもやれると思うけどな。
現に彼の今の月収は私が夫と結婚した当初、夫から預かっていた毎月の金額より多い。世間知らずで結婚した私でさえ、その金額でなんとか夫婦二人分の生活費をやりくりできたのだ。一人でそれより多いお金でなぜそうなるんだろう。
「どういう予算なの」
「光熱費が1万5千から2万、食費が3万、それから毎月の積立貯金が3万、で、家賃が・・・」
ちょっと待て。積立貯金とはなんぞや。
昨夜私が寝てから夫が息子のところにやってきて、一人暮らしを始めるなら毎月積立貯金をしておくべきだと言ったらしい。万が一のことがあるから今のうちに始めないと、とんでもないことになると説得したのだそうだ。
本当だろうか。私たちが新婚の頃、彼は少ない給料の中から、自分の小遣いとして5万円を持っていった。
会社での付き合いもあるだろうし、当時、会社のラグビー部に所属もしていたので、それを認めた。子供ができて苦しくなったら相談して調節すればいいと思ったのだ。子供ができてもそこは変わらなかったが。
とにかく、私たち夫婦が貯金を始めたのは息子が生まれてからだから、新婚時代、初めの5年間は貯金ゼロだった。
それでも楽しかった。ボーナスになるとなにを買おうか、どこに行こうかと、会社の保養施設を使ってこぢんまりした旅行もした。
独身の息子が一人暮らしをするのに赤字になるなら積立貯金はもう少し先になってからでもいいのではないか。
「でも、それができないならやめた方がいい、危険だってさ。そもそも家賃に5万、7万払うことすらもったいないってしつこく言うんだ」
よく言うわ。
勿体無いと言うのなら、受かりもしない勉強もしないテストのために毎月毎週、山のように届く教材やら分厚い本、あっちの方が余程勿体無い。
「大丈夫だよ。やれるって。お給料が上がったらその分を貯金に回せばいいじゃない。もし、本当に足りなかったら内緒で貸すよ。出世払いで返してよ」
「いや、借りるって言うのはいやだ。親から金をもらうってのは抵抗ある」
「じゃ、芝刈りのバイトしにきてよ。お礼に何品か食べるもの渡すよ」
「うーん」
「あのね。7万だか5万だか、知らないけど。家賃に払うんじゃないよ。経験を買うんだよ。今しかできない体験をするために使うんだから無駄じゃないよ。今、出ないと、タイミング逃したら出づらくなるよ。仕事が忙しくなってそれどころじゃなくなったりするかもしれない。」
「出るには出るよ。」
今、彼には貯金がすでにある。いざとなったらそれを崩してもいいじゃないか。とにかく出た方がいい。
私も母も今のところ元気だ。介護のために残ってもらいたいなどと思ってはいないが、そういう意味でも今なら出ていく方も心置きなく旅立てる。
余程、息子から毎月受け取っているお金を貯金してある通帳を見せてやろうかと思ったが、それはやめた。
いよいよとなった時、持たせてやればいい。
「それなりになんとでもなるよ。大丈夫」
息子が出社して行った後、テレワークの夫が洗面所に降りてきた。
「貯金しないと危ないって言ったんだって?」
「え。・・・うん。」
「してたっけ。あなた」
「してません」
「そもそも家賃がもったいないって言ったそうじゃない」
「言ってないよ。・・あ。言いました」
「どうかと思うよ。自分が出て行って欲しくないからってそうやって脅すやり方。不安を煽る作戦。そんなに無駄遣いが気になるなら今週末、あの教材、全部売るか、勉強するか、しましょうね」
「トンさん怒っちゃった。ごめんなさーい。」
「貯金は今しないと危険ですかね」
「大丈夫でーす」
「家賃はもったいないんですかね」
「もったいなくないですぅ」
「自分が寂しいからってそういう姑息な手段に出て阻止しようとするんんじゃないっ」
ふふふふふ。ごめんなさーい。笑って2階に逃げた。
まったくどうかと思うよ。