それぞれの宇宙があって

海外ドラマを観るようになったのはこの数年のことだ。

観ていて、あ、この俳優さん素敵だなと思うと、そのシリーズの途中でその人を検索してしまう。

このシリーズが終わったらこの人の出ている何か、他の作品を観たいと思うのだ。

その人の名前すら知らないのでドラマタイトルと役柄で検索をする。

私が面白いとのを見つけたと今更ながら思うものは、数年前に大ヒットした有名なものであることが多く、大抵、熱狂的ファンでが個人のブログで感想や解説を一話ごとに書いてくれている。

これがとても役にたつ。ありがたい。

過去のどこかの誰かが熱く語っているのを今の私がなぞる。近い過去なのに誰かの足跡を辿っているような不思議な感覚になる。

役者の他の作品を調べるつもりがつい横道にそれ、彼らのブログをじっくり読みふける。

よくわからず流していたところも、ああそういうことかとわかったり、人間関係の図式がよく理解できたり、サブ教材としても面白い。

同じ世界の中の登場人物も、「鬱陶しいやつだ」と私が思っていても、その人は「お茶目で可愛い」と言う。

いつも競って相手を陥れようとする二人を「なんでこうなんだ」と私はもっと平和にと思うのを、「面白くなってきましたね」とワクワクしている。

そうか。そういうことか。

私に見えている現実世界も他の人には似てるけど違うものなのだ。

今、この時を一緒にいても、私には私の、夫には夫の、息子も母も姉もそれぞれが自分の脳みその中の映し出す宇宙の中にいる。

それを忘れちゃいけない。

同じ家の中にいても生きてるところはそれぞれなんだ。

 

ついつい読んでしまう。

この人の世界観と自分の世界観のズレが新鮮でハッとしたのだった。