眠り続けた晩

息子は眠り続けた。

結婚してすぐのころ、夫が毎週末、午後の3時まで眠っていて驚いたのを思い出す。

実家での週末の朝は、父は着替え、明治の祖母もきちんと食卓につく。私たちも寝巻きで席に着くことは許されなかった。8時には全員揃って朝食だった。

今日は映画を観に行こう、帰りにデパートの地下に寄って新鮮な魚を買って帰ろうと、父がその日の予定を決め、何時出発、それまで身支度するようにと言われた。大学になって姉が抜け、私も抜け、それでも夫婦二人はいつもそうだった。

父子家庭で育った夫は自由に暮らしてきた。男三人、いざという時は一致団結するが通常はそれぞれ自由。食べたい時に食べ、寝たい時に寝る。起きる時間も目が覚めたとき。

新婚当時住んでいた2DKの小さな部屋は、14インチの小さなテレビも六畳間の、布団を引いているすぐ頭のところにあった。

今なら「ほれ、起きろ」と言わんばかりに大音量で電源を入れるが、若かった。そうっと家を出て一人散歩をするのだった。

初めての土地の探検はちょっとウキウキした。

秘密の階段、秘密の公園、いきなり畑が広がる場所。乗ったことのない路線のバス。

もう起きてるかなと期待して帰ると家はカーテンが閉まったままで、どんより日が暮れていてがっかりしたものだった。

その血をついだのか、放っておくとだいたい息子も2時から3時の間に起きてくる。

しかし昨日は2時になっても3時になっても動きがない。異動願いが叶わず、仕事は多く、よろよろとベッドに体を投げ出したまま、夕方4時を過ぎた。そっと覗くとiPadを抱え、体を丸くして寝ている。

生きてる。なら、よし。

どんなに傷つこうと、落ち込んでいようと、生きてる生きてる。ちゃんと寝息をたてている。

本人はいろいろだろうが、こちらとしてはそれで充分。

結局、物音がし始め階段を降りてきたのは6時半過ぎだった。

ツンツン跳ねた髪に少し頬がこけたように見える。

「寝てしもうた」

夜中に悔しくて泣いたそうだ。

「俺、涙が自然と出てきちゃったよ」

丸々24時間ぶりの食事なので、ついエネルギーを補給させようとあれこれ並べる。

何かあるとすぐに食の細くなる癖があるが、今回はそうでもないようだ。それでもいっぺんに大量は食べられない。

「戸棚にこの前のリーフパイがあるよ、アイスクリームでもいいし。少し食べとかないと闘えんよ。」

「そうやってやさしく俺に気を遣ってくれているのを感じると、はあぁっ・・・、気を遣わせてしまっとるなあと・・」

力無さそうに笑うので思わず大きな声が出た。

「なーに言ってんの、自意識過剰だよ。私はただ、体に不足しているエネルギーをなんとか入れようと思ってるだけよ。風邪引いたときにハーゲンダッツ買ってくるのと一緒。二食抜いたんだから。寝るんだって体力使うんだよ。入れとかないと」

そう言ったところで息子は、いいっていいって。わかってるってと弱々しくため息をついてみせる。

「まあいいけどさ。あなたはそういうとこ感受性強いから。無理も無い。悲劇の主人公になってもいいし、落ち込んでも悲しんでもいい。泣いたっていいし、怒って荒れ狂ってもいいよ。けどね、ベース、自分は確かな平和の上で生きてるんだってこと、その上でやっているんだってこと、覚えときなさい」

「・・・へい」

目の前の石にばかり気がいって苛立つだろうけど、宇宙規模から見たら、ぜんぜん、どうってことない。