歯医者の件は実は二、三日落ち込んだ。
この年齢で口の中はもう老人になってしまっているという現実を突きつけられたことがショックだった。
入院して戻ってきた当時、さあもう一度まっさらな自分でやり直すんだとやたら張り切っていた。
しかし、半年もすると自分が一緒に子育てをしているママさん達に比べていかに、劣っているか、体力のなさと、気持ちの落ち込みと、ボロボロの容姿、母からの叱責、などがうわあっと覆いかぶさるようにやってきた。
納戸に閉じこもり、家族と会話もしない。笑いもしない。
死んでしまいたい。消えてしまいたい。息子がいる。じゃあもう1日。もう1日。彼が大人になるまで生きよう。とりあえず。
毎晩のように空を見上げて「早くあそこに帰りたいなあ」などと本気で思っていた。
その頃は半分世捨て人で歯磨きもいい加減、化粧水もつけないから顔はカッサカサで粉を吹いていた。
その時の負債なのだ。この歯は。
ある時から、ちゃんと生きようと歯医者に通いだした。歯垢だらけの口を恥を覚悟で晒したのが今の歯科医院だ。
息子が成人し、社会人になった今の私は、へっぽこな身体でも生きる気満々で、毎晩、デンタルフロスに歯ブラシ2本を使ってピカピカに磨く。3ヶ月に一度の検診も欠かさない。
ブリッジは仕方ない。あの頃の私に落とし前をつけるのだ。
こうやってまたニューバージョンになるのだと思おう。
納戸に引き篭もりながらなんとか日々を繋いだあの時期はああするしかなかった。
そうやって生き延びたのだ。
まずは生きなくちゃ。