殿っ!

今朝。

健康診断で朝食抜きの息子はいつもより遅く起きてきた。

のんびり洗面を終え、のんびりヒゲを剃り、のんびりのんびり歯を磨き、それからぼーっと突っ立ってテレビを観る。

やがて、

「じゃ、着替えますんで」

二階に行く前につぶやいた。

「あ、洗濯機に洗剤がもう入れてあるから、その寝巻き、入れたらスタート押しといてね」

「ん?それは重大任務やな。まさに、洗濯しろってことだな。」

ニヤリとした。

「そう。むずかしいだろうけど。スタートボタンも押すから、ボタン二つ。むずかしいかなぁ。できるかなぁ。」

「まあ。やってやるか。この、俺様が。自ら」

それから話は流れた。

心配性の彼は健康診断にコンタクトを外していくべきか、メガネ持参で普段とおなじで行くか、この服は二万したけど、買ってよかった。いいだろ、とか。

ちゃっちゃとやればすぐ終わるようなことを、ゆったりゆったりやる。

彼が焦ってご飯を掻き込んだり家の中を走り回っているのを、そういえば見たことがない。

いつも悠然として、殿のようだ。

もう一度二階にあがり、降りてきた。やっと玄関だ。

見送るため出て行くと、いない。カバンだけがおいてある。

「あれ」

「なんじゃ、まだじゃ」

スマホをポケットに入れ、靴を履き、ようやくご出勤。

「じゃあな。楽しめ」

「うん、楽しむ。」

1日を楽しめといつからか私に言う。

換気のために窓を開けるとき、ハッと気がついた。

庭を歩く息子に呼びかけた。

「やっぱり難しすぎたのかな。」

「?・・・あ。すまぬ」

スイッチボタンとスタートボタン。