いつもぼんやりあれからどうしてるかなと思っていた友達に、急にメッセージを送った。
遠慮していたのは彼女の状態がわからなかったから。
自殺未遂をしたことがあり、鬱で入院していた。しばらく音信不通で、あるとき急に会おうよと言われた。
躁鬱があるのかもしれない。待ち合わせ場所にいた彼女は学生時代となにもかわらない。
むしろ、ふっきれた強さのようなものを感じた。
今よりもっと痩せていた私を心配し、気遣ってくれたが、話してみると彼女の方こそ踏ん張りどころのようにも思えた。
ご主人に気を使い、子供に本心を言えない。美意識の高い彼女は怒りを表す自分を容認できないのだった。
「私ね、法律にふれなければ、人の体と心をわざと深く傷つけたりしなければ、たいていのことは好きにやっていいと思うようになった。」
ドツボにハマった中で辿り着いたことを話したが彼女は同意しなかった。
ご飯をつくるか、買ってくるか。洗濯をとりこんでアイロンするかしないか。朝早く起きてご飯を用意するかしないか。お弁当は。掃除は。
どれも、やりたければやる、でいいのだと思う。
たまたま、家族が自分のしたなにかでちょっと嬉しそうな顔をするのを見るのが好きだからやるのだけで、義務じゃない。
いつでもやめていい。そう思ったら、「そうは言うけど、やっときましょうかね」となっているだけだ。
他におもしろいことを見つけて、家族の世話を焼くことがおろそかになるのは、まったく、問題ない。
「わるい、きょう、これだけ」
インスタントの味噌汁と、納豆と焼き魚でも私が笑っていられれば、それが正解なのだ。
「勝手にやってくれ。」それだっていいと思う。
それがわたしにとっての正解。
そう。わたしにとっての、でいいんだ。
誰に正解っていってもらえたら落ち着くんだ。
どこにそれでいいって言ってくれる人がいるんだ。
たとえ二人からブーイングの嵐だったとしても、私が晴れ晴れとしていられたら、「あーおもしろかった」と眠りにつけるのなら、それが大正解なのだと決めた。
これが今の所の、私専用の答え。
彼女はそんな人間にはなりたくないのだった。
美しく、凛と、憧れられる、そんな人でいたいのだった。
「まあ、それは極論だよ、トンちゃん」
綺麗な指先でコーヒーカップを持ち穏やかに笑って見せるが、頑なな笑顔だった。
あれからどうしたろう。
彼女はやっぱり元気一杯の返事を書いてきた。
この夏はずっと草むしりをしていたよ。暑かったなあ。でも集中している間は考えなくていいから、草むしりはいいよ。
私も辛い時、草をむしる。
彼女は夏中、辛かったのだろうか。あの猛暑の中。
気の利いたことは言えるはずもなく、そうなの、としか返せなかった。
体に気をつけて欲しい、無理はしないで。とは書けなかった。
そんなのわかっているはずだ。だけど、自分を追い込まないとバランスを取れないのだ。
すべて悟ったかのように書いているこの私も、まだまだバランスが危うい。
辿り着いた答えを今、懸命に自分に叩き込んでいる。
不機嫌な顔をしている自分。勝手な自分。下っ腹が出てきた自分。顔のたるんでる自分。
ご飯を残されてムクれる懐の小ささ。
おしゃれでもない。特技もない。体は弱い。そのくせわがまま。
どうあがいてももう、この私から変身はできない。
鬱の彼女も躁状態の彼女も、変化したところもひっくるめてやっぱり好き。
好きは変わらない。魂が好きだから。
自分にもその愛を向けたっていいじゃん、べつに。
今のまんまで、全く問題ない。
私も。あなたも。ちゃんと生きてる。
みんなまんまだから、ときには揉める。それもいい。
そうやってみんな、ちゃんと生きてる。
極悪犯人にならなければ。問題ないのだ。
「あー面白かった!いろいろ悩んで迷惑もかけちゃったけど、なんだか面白かったわ」
最期にそう言いたい。