昨日の朝、目が覚めてからゴロゴロベッドの中で微睡んでいるとキンっと胸が痛む。
ときどきそんなことがあるが、たいてい数秒で消える。そのつもりでやり過ごそうとしていると痛みが主張しだした。締め付けられるというよりは圧迫されるような痛み。
呼吸ができなくなるほどでも、我慢できないほどでもないがいつもと違う長さに加え場所が移動し始めたことでやや、焦る。
「おはよう」
バタバタ寝返りをしたり起き上がったりしている物音に目が覚めた夫がのんびり言う。
「おはよ」
こっちはそれどころじゃない。会話を膨らませるでもなく、雑に受け流す。
夫は妻の無愛想にはなれっこなので別に気にするでもなく、スマホを手に取り体を起こした。
体の向きを変えたり、痛いところを手で抑えてみたりしているうち、軽減し始めるのを感じる。このまま我慢できないほどになるのかという恐怖から開放され、やっと夫に声をかける。
「胸が痛い」
軽減し始めたとはいえ、まだ痛い。自分が今、大変な状況にいると伝えないのは裏切り行為のようにも思って伝えた。
「えぇっ?大丈夫?胸?心臓?」
いつになくすっ飛んできて背中をさする。
なぜ背中なんだと思いつつも、やはり誰かのぬくもりが触れると落ち着くなあとさすられる。
「もう、大丈夫、治ってきた」
あんまりさすらせても疲れるだろう。つい、子供を庇うような気持ちでそう言った。
「あ、そう。よかった。心配だなあ」
夫は自分の布団に戻りまたスマホを見始める。
先日、遠い親戚にあたるが、ほとんど交流のなかった高齢女性が自宅で亡くなったと警察から夫のところに連絡が入った。今日は彼の兄と二人で、後見人であるという司法書士と今後の段取りについて話し合うことになっている。
朝起きてすぐのスマホで夫は相続や葬儀の段取りなどを調べているのだろう。
「ね、今日さ、スーツまで堅苦しくする必要はないよね、何着てこう、なんかあったっけ」
「・・・なんか、変え上着とシャツでいいんじゃないの。でもあちらはきっとスーツだよ」
いや、あたしゃまだ、しんどいんだってば。胸が。胸がさ。まださ。一応。発作。
「あ、そうだね。葬式とさ、火葬ってさ、同じ日にしてもいいの?常識として」
「・・今はこんなご時世だし、今回は参列する人もあなたとお義父さんたち3人だけだから、簡略化でそうしてもいいと思うよ。きっと最近の事例に詳しいから葬儀屋さんに聞けばこんなやり方もありますけどって教えてくれるよ。聞きなさいよ、カッコつけないで」
「そだな。ありがと、そうだな。」
「あ、でもその前にその司法書士さんに故人からなにか葬儀についてこうして欲しいとか言われていないか確認したほうがいいよ」
「あ、そだな」
「そんなことないと思うけど、独り身だから華々しく豪華にやって欲しいって望んでらっしゃったってこともあるかもしれないし」
そだな、ま、そんなことないだろうけど、一応な、と返事をする夫の声を聞きながら
こいつ、もう私の胸が痛かった事件は頭から消えとるな・・と思う。
そうして今日も通常運転の日常が当たり前のように続くこと、ありがてぇなぁと噛み締める。
「ほれ、起きなさいよ、遅れるよ」
「あ、はいはい、起きます起きます」
妻が威張る。うちの日常平和モードの朝がはじまった。