子の心親知らず

先週、夫が実兄と外食をすると言って出て行った。

「ああそう」と言ったのは私で「何も今このご時世に行くことないだろ」と眉間に皺を寄せたのは息子だった。

母さんいいのかよ。あいつ絶対マスク外して喋りながら食うぜ。

ああ、そこまで思い至らなかった。確かに夫ならそうする可能性は高い。久しぶりに会った兄貴と食事をしながら話すのにマスクをつけたり外したりといった心遣いに気が回るタイプではない。

「マスクして話すんだよ。食べる時以外は。それから帰ってきたらお風呂直行だよ」

それ守れなかったらこの家で居心地悪くなるぞと、わざと息子の前で脅す。

わかった。絶対守ると言って夫は出ていた。

それきり私は心配もしていなかった。

わーい、今夜は楽しちゃおう。どちらかというとそっちだった。

その日、ジムに出かけて行った息子はいつもより遅く帰宅した。

我が家の厳格な風紀委員長はまずは玄関で自分の荷物を全て消毒する。

腕時計、定期券、細々したものを一つ一つ丁寧に拭く。

そして玄関にカバンをおいたまま風呂場に直行して身を清め、そこから食事となる。

ようやく風呂から出てきた息子が「おれ、いつもより遅かっただろ」と言うので本屋でも寄ってきたのと返すと違った。

父さんが心配だから神社に寄って頼んできた。どうかどうか家にコロナを持ってきませんようにと。

「母さんがもらったら一発だからな。」

父を母をしょうがねえなと守っているその心は大真面目なのだ。

彼の心の中のどこまで私は知っているのだろう。

昨日の朝、行ってきますを聞いてからわざと5分ぐらい経って玄関に行った。

ちょうど靴を履き終わったところだった。

玄関で何をしているのか知らないがこの前すぐ出て行って見送ろうとしたらまだ靴も履いていなかったのだ。

「だんだん私も勘が良くなってきたでしょ」

「おう」

「行ってくると言ってからが長いんだもんね」

「色々と挨拶しなくちゃならんからな」

そう言って顎で刺したのがお雛様だった。

今は亡き母方の祖母が私の結婚祝いに作ってくれた。

このお雛様を出すのをめんどうで省いた年に私は倒れてICUに入った。

当時中学生になったばかりの息子にしてみれば、このお雛様も我が家の守り神なのかもしれない。

「ああ、ありがとう」

へえ、と思ったが冷やかす気になれなかった。

私は彼の心をどれだけ知っているんだろう。

 

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