ヒレカツ

夫がウェブ会議をしているところに居合わせた。

仕事をしているその横で寝っ転がっていたら

「うわ。忘れてた。ごめん、今から会議始めるから」

突然言ったかと思うと

「あ、どうも。お世話様です。すみません、ギリギリになっちゃって。始めますか」

他所行きの声が聞こえてきた。

イヤホンを差し込むその気配も感じ取られてはなるまいと、ひたすら息を潜め身を硬くする。

聞くともなしに聞こえてくる画面上の複数の人の声。

それに合間合間、口を入れ、軌道修正したり、引っ込んだりと気を使いながら夫が発言している。

家庭では見せないデリケートさ。気配りを聞かせた言葉を選んだ発言。

聞こえてくる声の中に、すごく語気の荒い威圧的な女性がいた。会議に参加している他何人かがする発言を否定して、最後まで言わせない。

「それってさあ、話し合う必要ある?もうこのままでいいと思ってるからさあ、はい、次。・・・ハハ、強引?」

確かに笑っているが、強い。

ああ。社会で働くにはこれくらいの強さがいるんだ。

こうでないとやっていけないんだろうな。

あったこともないこの女性の家庭での役割と職場での責任を果たし続けてきた日々を漠然と思い尊敬する。

私はできなかった。

夫と同じ職場で働き3年目にして、ここでは自分の価値観を消し去らないとやっていけないと思った。

うまいこと割り切り、社会と自身の個性を両立することはできそうもなく、退社した。

甘ったれのお嬢さんだったわけだ。

目の前でその会社で生き続け、発言をしている女性の存在を感じるとなんとも言えない。

すごい。力強い。そして、かなわない。

やがて会議が終わった。

「ありがと、終わったよ」

夫の声ものんびりしたところに戻ってきた。

この人も二つのキャラクターを持って生きているのか。

すごいじゃんか。

午後にも会議があるというので昼ごはんにヒレカツを揚げた。

負けるな、夫。がんばれ夫。