お手入れ

朝のテレビ番組で、秋田でお店をやっている男の美容師さんが、前髪を自分で切る方法を教えていた。

黒目と黒目の間の幅だけ、さらに生え際から指三つ奥までを本当の前髪とすること、めんどくさがらずに生え際から奥までを三回に分けてきること、ハサミは斜め55度、ちょうど55分に向ける感じで引き気味に切ること。

ふうん。

何度か前髪を自分で切ってはパッツンパッツンになって項垂れてきた。

注意しているところ、見事全部間違っていた。

そもそもここまでを前髪としていた幅が広すぎたのだ。

そして、めんどくさがっていっぺんに切っていた!

うまくいかなかった謎がとけたら、もう、試してみたい。

朝食の皿がまだテーブルの上にあるというのに、洗面所の前に立つ。

言われた通り、焦らず、ゆっくり、三つに分けて、黒目幅に取り分けた前髪にハサミをいれる。

「もっと切った方がいいかなと思うくらいで」

空気がはいって馴染むと浮くから、なりたいラインより気持ち長めでそろえたくらいがちょうどいいと言っていた。

できた。

おっ、いい感じ。美容院で切ってもらったのと似てる。

前髪だけでも好みの型に整うと、瞬間、気分がぐんとあがった。ついでに眉毛まわりのモヤっとした産毛も剃る。

顔についた髪の毛を落とすために、顔を洗い、クリームをぬった。

鏡の前の自分がちょっとだけ、整った。

ふふん。ふふん。

お化粧をする。ふふん。ふふん。

ふふーん。

 

今日は1日浮かれ気分。

郵便局に行き、買い物をして帰り、煮豚に小松菜ベーコンの炒め煮と、ひき肉と玉ねぎの甘辛炒め、麻婆豆腐の作り置きをする。ふふーん。

昼食後、さっき買ってきたどら焼きを食べていると、夫がコーヒーを入れに降りてきた。

「あ、いいなぁ」

「食べる?」

「いいの?」

「いーよーん」

ふふふん。

床を拭いて、風呂掃除をして、ついでに自分も入りながら風呂の床も磨く。

風呂上り、髪を乾かしながら、切った前髪をセットしながらもう一度ご満悦。

ふふふふーん。

秋田の美容師さんのおかげで、今日は1日ウキウキしていた。

この魔法はあと何日もつだろうか。

まったくなにも変わらないのに、こんなに気持ちが明るくなるなんて。

こうやってちょっとずつ、自分に手をかけるだけで、大きく歯車のようにいろんな展開が変わってくる。

爪とか。肌とか。トリートメントとか。

どれもやってないけど、試しにやってみる価値はありそうだ。

めんどくさがらずに。