とっさに

夕方、あらかたのことを終え、ベッドに寝転んでビデオを見ていた。

携帯が鳴った。ラインだ。

「父はあっという間に逝ってしまったよ。昨日葬儀でした。寂しいもんだね。今私は抜け殻だわ」

ガバッと起き上がる。近所に住む友達と、買い物の帰り道に歩きながら話したのは先週のこと。

長らく入院していたお父様が、身の回りのお世話が追いつかないと言われ、一人っこの彼女が自分の家に連れ来ると決心した。

「しばらく、私が世話をしながらこっちで介護ホームを探すわ」

それから二日後、また会った。

「どうした?あれから」

「うん、今日の午前連れてきた。10日間お風呂入れてもらえてなかったみたい。これから入れるわ」

口に合うかわからないけど、なにか時々、持っていくよと言うと

「お構いなく、大丈夫。困ったら言うから」

気丈な返事が返ってきた。じゃあなにかあったらいつでも声かけてねと言って別れたのがほんの数日前なのだった。

あまりのことに、いてもたってもいられない。

階段をおり、冷蔵庫を開ける。

お中元の解体セールで買ってあった黒豚ロースハムの塊と、頂き物の高糖度フルーツトマト二つを布袋に入れて、家を出た。

骨盤を骨折した後遺症で走れない。うまく動かない足を競歩のように動かし彼女の家に向かう。

チャイムを鳴らす。

いつもと変わらぬ声の返事がした。

「きちゃったよ」

ドアを開けたその顔はパンパンの目だった。

コロナもなにもぶっ飛び、思わず抱きしめた。

なにもできない。なにも言えない。

「よくがんばったね。偉かったね。お疲れ様」

自分の口にしている言葉がこの場合相応しいのか、とんちんかんなような気もする。

ギュウっとしていた手を解いて

「あ、そうそう。元気をおだし。肉だ、肉」

とビニールに包まれた、ロースハムの塊とトマトを剥き出しで差し出した。

泣きべその顔でありがとうと受け取りながら、少しだけ笑った。

「じゃあさ、私行くわ」

家に帰る道すがら、自分がした行動が理解できない。

なんでハム。なんでトマト。

よく考えたらこういうときって、お香典を持って行くんじゃないか。

改めて包んで行こうかな。

受け取ってくれるかな。

ハム、持ってちゃったし。

なんで、ハム・・・。

何故に、ハム。

お手入れ

朝のテレビ番組で、秋田でお店をやっている男の美容師さんが、前髪を自分で切る方法を教えていた。

黒目と黒目の間の幅だけ、さらに生え際から指三つ奥までを本当の前髪とすること、めんどくさがらずに生え際から奥までを三回に分けてきること、ハサミは斜め55度、ちょうど55分に向ける感じで引き気味に切ること。

ふうん。

何度か前髪を自分で切ってはパッツンパッツンになって項垂れてきた。

注意しているところ、見事全部間違っていた。

そもそもここまでを前髪としていた幅が広すぎたのだ。

そして、めんどくさがっていっぺんに切っていた!

うまくいかなかった謎がとけたら、もう、試してみたい。

朝食の皿がまだテーブルの上にあるというのに、洗面所の前に立つ。

言われた通り、焦らず、ゆっくり、三つに分けて、黒目幅に取り分けた前髪にハサミをいれる。

「もっと切った方がいいかなと思うくらいで」

空気がはいって馴染むと浮くから、なりたいラインより気持ち長めでそろえたくらいがちょうどいいと言っていた。

できた。

おっ、いい感じ。美容院で切ってもらったのと似てる。

前髪だけでも好みの型に整うと、瞬間、気分がぐんとあがった。ついでに眉毛まわりのモヤっとした産毛も剃る。

顔についた髪の毛を落とすために、顔を洗い、クリームをぬった。

鏡の前の自分がちょっとだけ、整った。

ふふん。ふふん。

お化粧をする。ふふん。ふふん。

ふふーん。

 

今日は1日浮かれ気分。

郵便局に行き、買い物をして帰り、煮豚に小松菜ベーコンの炒め煮と、ひき肉と玉ねぎの甘辛炒め、麻婆豆腐の作り置きをする。ふふーん。

昼食後、さっき買ってきたどら焼きを食べていると、夫がコーヒーを入れに降りてきた。

「あ、いいなぁ」

「食べる?」

「いいの?」

「いーよーん」

ふふふん。

床を拭いて、風呂掃除をして、ついでに自分も入りながら風呂の床も磨く。

風呂上り、髪を乾かしながら、切った前髪をセットしながらもう一度ご満悦。

ふふふふーん。

秋田の美容師さんのおかげで、今日は1日ウキウキしていた。

この魔法はあと何日もつだろうか。

まったくなにも変わらないのに、こんなに気持ちが明るくなるなんて。

こうやってちょっとずつ、自分に手をかけるだけで、大きく歯車のようにいろんな展開が変わってくる。

爪とか。肌とか。トリートメントとか。

どれもやってないけど、試しにやってみる価値はありそうだ。

めんどくさがらずに。

 

 

 

特効薬ふたつ

 


はいだしょうこ「にじ」- きっと明日はいい天気(フル)〈公式〉

夏日のように気温があがり、今日はシャワーでいいやと思うような夕暮れ。

それでもなと、お湯を張り湯船に使ってみると

「あぁ・・・・」

思いがけなく身体は冷えていたんだと気づく。

 

心がほどけるような、寛ぐような。

知らず知らずギュッと緊張して踏ん張っていたのだなあ。

天使の歌声のようにすうっと響く。

 それから、これ。


ぼよよん行進曲

 

朝、目が覚めて起き上がるまで。

目を瞑って聴いているうちに、ムズムズ元気が湧いてくる。

一回聞いてもダメだったらもう一回。

さあてとって気持ちになるまで何回も聴く。

 

誰かの心に力を与える歌声を持つ人。

そういうのって、本当にあるんだなあ。

 

わたしには効くこの二つ。

よかったらちょっと試してみてくださいね。

あなたにも元気が湧くといいな。