代替え案も浮かばぬくせに

数週間前、日曜の朝のテレビで落ち葉の話をしていた。

確か、秋になると葉っぱはどうして落ちるの?という疑問に答えていたのだったと思う。

はっきりとしたことは解明されていないが、今のところ落葉することで不要なものを体外に出していると考えているそうだ。

それはわかった。新陳代謝か。

夏の日差しの光合成によってたくさんできた物質に植物の呼吸が追いつかなくてバランスがあわなくなって、葉っぱを落としてそれを保とうとする、ということらしい。

ドラマ仕立てで説明していたのだが、そのときの表現が今だに頭にちらつく。

樹木を会社に例え、夏をバブルに例え、葉を従業員に例え、不要になったものを落として減らす筋書きだった。

子供も大人も楽しむ番組だからきっと、わかりやすさにはこれが一番ということになったんだろう。

でもなあ、なぁんか引っ掛かるんだよなあ。

もっとこう、なんか違う表現はないかなあ。

あれこれ考えてみたが、私の頭では思い浮かばない。理科は特に成績が悪かった。

葉っぱのフレディという絵本があった。

ちょうどその年の夏に父を亡くし、その秋に買った本だった。

当時2歳の息子と昼寝をしながら声を出して読んでいたら、涙が出そうになった。

おじいさんの葉っぱが、別れを嫌がるフレディという子供の葉っぱに「思い出してごらん、一緒にたくさん美しいものを見たじゃないか、今度は君たちの世代の番だよ、私たちは充分楽しんだよ」というような話をするのだ。

父と重なった。

62の若さで逝ってしまった父もそう晴れ晴れとした気持ちでいてくれたのならいいけどなあと思いながら、泣きそうなのを堪えて読んだ。

だから。なぬぅ、リストラだとぉ?

落ち葉って、そんな「ヒエェ〜」って誰かが悲壮な顔をして上司が「すまんね」とバッサリ切り捨てるものじゃないと思いたいよ。

そう、思うんだけどなあ。

他にいい例えが未だ見つからないから説得力はないのだ。


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