土曜の朝。ドトールは開店9分にして長い列ができていた。
客層もいつもと違う。出勤前、サクッと食べて行くというより、行楽に向かう前の腹拵えといった感じで若干、平日より体温高めに感じる。
この店は新人社員研修のための店舗なので店員は店長以外は全員、ネームプレートに若葉マークがついている。
今朝も若い男子がレジをしていた。
彼はこの長蛇をどう感じているんだろう。私だったら頭真っ白だ。
しかし特別焦る様子もなく、丁寧にいつも通りこなしているようだ。
そう教育されているのかもしれない。
そうそう、そうだよ。慌ててミスをするより落ち着いて。いつも通りがいいよ。
勝手に母のような気持ちになっているのは私だけのようで、後ろに並ぶ他の客はこれからの予定がある。なかなか進まない状態に明らかに苛ついている。
持っている財布をカチカチと鳴らす人、わざとらしく前を覗き込む人。
よく見ると注文と会計担当の彼の声はうわずり、耳も赤い。
いいからいいから、ゆっくりおやり。
次は私となったところで急にレジが止まった。奥で青年店長が調理担当の女の子とレシートを見ながら話し合っている。
彼はその気配に気づいて手を止めたのだ。
俺、なんかやらかした?
そんな表情だ。
店長がレジに来て何かを調べはじめた。
私の視線を感じたのか
「申し訳ありません、しばらくお待ちください」
この状況でしばらく待てと、客の機嫌を取るでもなく落ち着き払った声で対応する。
よかった、この人はパニックってレジ係君にイヤミをいったりしない。
もちろん、どうぞ。どうぞどうぞ。
でもそれを口に出すわけにもいかない。後ろに並ぶ人々の総意ではないからだ。
無表情で店長の動作を興味本位で見ていたが、ここは笑顔でいたほうがいいのではないか。
私が怒っていると思ったら彼らに圧力をかけてしまうかもしれない。
そうでなくともマスク越しなので表情がわからない。
私はマスクの下でかなり大袈裟に笑って見せた。これくらいでちょうどよく伝わるだろう。
どうやら二人前の客が、持っていた小銭と不足分をプリペイドカードで支払ったのに対し、プリペイドで全額落として多くもらいすぎたのだった。
店長は上着の前を閉じ、当事者のお婆さんのところに説明をして謝り、小銭を返した。
さあ、私の番だと思ったらレジの子はずっとその様子を眺めている。
どうやら、客が納得して店長が再び戻ってくるまで待機を続けるつもりのようだ。
スーパーのベテランパートさんなら、このあたりから、また再開するだろう。
申し訳ありませんねぇとか言いながら、客をなだめることに意識がいく。
彼は忠犬ハチ公のようなまっすぐな瞳で店長を見つめる。
そうか。そうだな。ここまで待たせたなら変に急いで失敗を重ねるより、最後まで待つほうが賢明だね。よし、いい判断だ。
何度も頭を下げていた店長もゆったり歩いてこちらに向かってくる。
新人を追い込まないための演出か。あえて、落ち着き払っているのか。
たいしたことないよというメッセージか。
いい配慮だ。
レジに戻った店長はもう一度なにかの作業をして、空いていたレジの引き出しを閉めた。
そして私の方を手のひらで指し、彼に「よし」と促した。
待機解除命令がでた新人君は、はい、と小さく言い、また強張った顔で「次のお客さま」と私に言った。
彼を落ち着かせたくてできるだけの大きな声で、ゆっくり、ご機嫌そうに、ブレンド、Sを、店内で、と注文し、用意しておいたお釣りなしぴったりのお金をトレーにおいた。
この単純な会計で一息つけ。
彼の目は宙を泳いでいた。
コーヒーを飲み終わり、店を出ようか。
店内は混雑のピークを終えて静かになっていた。注文に並ぶ人もいない。
彼が気になり目をやると、レジの前にたち、自分のメモ帳になにかを書き込んでいる。
やっぱり顔は硬く、とても接客業の表情ではない。
いい子だな。
その場凌ぎの愛想や機転をきかせるより、その姿が信用おける気がした。
しばらくこの店には小銭ピッタリ用意してこよう。
いや、プリペイドカードにした方が助かるのかもしれない。
親でもなんでもないのに、勝手に見守りたくなる。
そんな年齢になったのだ。