年廻り

歯医者に行って個室に通される。壁にあったハンガーを借りて綿のコートを引っ掛けた。

無印のベージュの去年買ったもので、早くもちょっとよれっとしてきた。

自分としてはそのヨレヨレ感が着心地よく好きなのだが、街に出てみるとお勤めに向かう女性たちはパリッとかっこいい。

治療が終わり、先生が退出してからコートに手を伸ばす。

その時つい、看護婦さんにこう言った。

「なんだかこのコート、くたびれちゃってるわ、きまり悪いわ」

ふふふ、としてくれればよかっただけのことだったのだが、若い娘さんからしたら中年女性患者にそんなフランクな対応、できるものでもなかった。

「いえ、素敵なお召し物です」

生真面目にでもなく、少し微笑んでいたので笑いを取ろうとまた一言加える。

「もう、コロンボみたいで。恥ずかしい」

「・・・・」

彼女は黙って笑顔のままだった。

ああまた余計なおしゃべりを。その場の空気を和らげたくて言わなくてもいい会話をしてしまう。

コンビニでもコーヒーショップでもヘラヘラ笑って敵意がないことを全面に出す。

ありがとうございますと、看護師や店員に言うとき、どこか媚びていないか。

客だから上からとか、そういうのではなく対等に自然に感謝を伝えるだけのコミュニケーションでいいのだ。

いい人と思われたいのか、面白い人と思われたいのか、怒られたくないのか。

またやっちゃった。これ、課題だな。気をつけよう。

 

今朝。いつものように散歩をしている時にふと、ふと思い当たる。

もしかしたら、彼女はそもそも刑事コロンボのイメージがなかったのかもしれない。

息子はピンクレディーを知らない。時々年末に出てくる歌って踊る美しい熟女と認識している。

よくよく考えれば私だってあのドラマは、再放送されているのを父に無理やり見せられたのだった。

勝手に永遠のシンボルと思っていたが、どう見ても息子より幼い彼女が知らないことの方が普通だろう。

あの妙なリアクションは、なんだか訳のわからないこと言ってると困っていたのか。

そういえば中学生の時、担任の先生が「青江美奈はいいぞ」と言っていたがなんのことやらピンと来なかったのを思い出す。

そうか、もうそいう世代に私もなったか。