余波

22日から昨日まで近所の友達が家族でハワイに行ってきた。

その間、彼女の家のポストを見にいき、新聞や郵便物がはみ出していれば押し込むというお役を引き受ける。

毎日外階段を上がって行き、ポストに手を突っ込む私が一番の不審者に見えるのではという家族の声に「確かに」と頷きながらも無事任務も全うできた。

留守中、階下の住人が引っ越すことになって、車の移動を頼まれたけどいないからできない。tonチャンちの駐車場に置かせてもらっていいかしらというので、承諾した。

いよいよ今日の午前中、その車を引き取りに来る。

 

目覚めて一番に思ったのは

「ああ、今日は言わないといけない日だ」。

コロナウィルスで大騒ぎの今、我が家でも母と息子が若干ナーバスになっている。

手洗いうがいさえちゃんとしていれば、持ち前の免疫でなんとかなるさというのが私個人の見解だが、二人はよくも困ったことにも、その辺きっちりきちんとしている。

「ああ、俺の就活の時になんで」

ナーバス番号、1の息子がぼやく。

いつくかの就活イベントが中止になっている彼は、私と夫に手洗いうがいを厳しく徹底させ、自分自身も感染しないよう電車の中では手摺りも捕まらず、踏ん張っているそうだ。

先週なんとか開催されたイベントも、事前にマスク持参を促すメールがきた。

『こんな時期ですのでマスクをしたまま、社員と質疑応答してください。こちらも失礼だとは思いませんので、建物内ではマスク着用でお願いします』

非常事態感満載の文面を見せてくれた。

マスク持参を必須というが、うちのようになんとか入手できた家はいいが、一人暮らしだったり、忙しかったり、いろんな理由で手元にない学生はどうするのだろう。マスクが無いがために参加を断念しなくてはとガッカリした子達がいたのではなかろうか。

などとぼんやり考えていると、実家に繋がる渡り廊下のドアが開いた。

ナーバス2、母である。

「ちょっと失礼。あのね、言っておきたいことがるんだけど。あの車置いてった人、いつ帰ってくるの?」

きた。来ると思っていたのだ。

ハワイから帰国し、彼女が車を取りに来る。スーパー帰りに、いつもうちに上がってお茶を飲んでいくのが好きな彼女はきっと今回もそのつもりだろう。

「言いにくいんだけど、今お姉さん忙しくて、倒れるわけいかないのよ。悪いけど彼女、家にあげないでくれる?しばらく」

「わかってる。空港での感染だよね。私も息子の就活があるから、心を鬼にして言わねばと思っていたよ。大丈夫、ちゃんと言うから」

「そう。あなたもあんまり近寄っちゃだめよ。免疫弱いんだから。あなたが倒れたらそれこそみんなに迷惑かかるわ」

 

さて、それを言わねばならないのだが気が重い。

理屈はその通りなのだが、あなた、保菌してるかもしれないからしばらく上がらないでと言うのはどうも、伝えづらい。

昼前、彼女がやってきた。

ごめんねぇと晴々とした顔で、手にはお土産のチョコレートを持っている。

玄関の門のところまで出ていき、おかえりいと、まずはハグをした。

このハグこそ、危険だと怒られるかもしれないが、衣服の感染は無いと言う。

家に上げられない非礼の代わりに、これくらいは。せめて。彼女もつられて手を回しギュウッと抱き合った。

「謝らなければならんことがある」

「何、どした、ブッ倒れた?車、傷つけた?」

体調を壊しぶっ倒れ、見回りできなかったのかと私を気遣う彼女に思い切って言う。

「違う。空港を通過してきた罪でしばらく二週間ほど、ホワイトデーまで、我が家にあげるわけにはいかぬ」

彼女はあっさりと

「あ、オッケオッケ。」

了解してくれた。

ほっとする。やっぱり友だ。

すんなりわかってくれるだろうと思ってはいたが、やはり勇気がいった。

そして、切ない。

後からやってきたご主人より早めに来たのは、おそらく我が家のリビングでちょっとおしゃべりして待つつもりだったのだ。

しばらく庭先で立ち話をし、やがて車に乗り込む。

「じゃあ、しばしのお別れ」

「すまない」

これからペットホテルに飼い猫を引き取りにいくというご一家を手を振り見送りながら、いろんな意味での任務全て完了できたと、もう一度安堵した。