新たな居場所

夫のゴルフの打ちっ放しに行く車に乗っかって日吉までやってきた。

「近所だと一時間5000円もかかるから、日吉までいこうと思うんだけど、トンさんも乗ってってどこか喫茶店で待ってる?」

「いく」

今朝、午前中床屋に行き、午後は打ちっ放しという予定を聞き、明らかにテンションを下げた私の機嫌をとる心づもりと思われる。

明日は埼玉まで早朝5時に家を出てゴルフに行くのだ。

奥さんのご機嫌をこの辺でとっておかないと、背筋が凍るのであろう。

連れてこられて下されたのは駅前ロータリー。

「じゃ、あとで携帯に連絡する」

さっさと車は発車し目の前から消えた。

どこか喫茶店といっても、どこになにがあるのかよくわからない。この街は新婚から今の家に越してくるまで2年間暮らしていたが、もうすっかり変わってしまい、馴染みの店はのこっていない。

経験上、ここでいい店ないかと探し回ったりすると、無駄に歩き回りそれで疲れてしまい、店内で充実した時間を過ごさないうちに時間切れとなる。

お洒落なお店を開拓するか、店内まったり時間を優先するか。

当然後者。

ドトールドトールはないのか、この街には。

あった。

私のオアシス。

チェーン店といえど、ところ変わると随分雰囲気が違う。近所のは週末混み合ったとしても、どこかのんびりしているが、ここは食堂のような雑多な空間だ。席もうっかりしているとすぐ埋まってしまう。

「ただ今混み合っております。お席の確保をなさってからご注文くださーい」

と店員も大きな声で呼びかける。

て、テンポが。早い。

取り敢えず窓に面したカウンターをキープした。となは競馬新聞で場所取りがされている。

そこに白髪交じりのおじさんがお盆にアイスコーヒーを乗せて戻ってきた。

ヒッヒッヒッ。

鼻を啜るような、声を漏らすような変な音をさせる。

新聞をガサガサっと大きな音を立てて広げ、じっくり読み込む。

ち、近い。近過ぎる。

このおじさん、怖い人なんだろうか。

そうだ、イヤホン、よかった持ってきて。

さっさと自分の世界に入り込もう。

もはや店内の空間を楽しむなどといっている場合ではない。

ぴっちり耳を閉じ、ラジオの音量を上げ、外界をシャットアウトする。

たちまち心に平安が戻ってきた。

周囲を忘れ本に没頭していると、トントン、トントン。

となりの競馬新聞のおじちゃんが私を突く。

トントン。

慌ててイヤホンを外した。

なんか粗相をしたろうか。陣地はみだしてるとか。音が漏れてるとか。

「はい」

おじちゃんは、ニコリともせず顎で床を指す。

え?あ!

顎の先を見ると私の白いショールが落っこちていた。

「ありがとうございますぅ!」

思わず馴れ馴れしくヘラヘラ笑いでお礼を言うと、おっちゃんはやっぱりニコリともしないでウンウンと頷き、また新聞を読み始めた。

おっちゃーん。いい人やん。

もう大丈夫。

このお店、もう怖くない。

単純なもので、とたんに心がほどける。

ここ、次から私のテリトリーの一つにしよう。

夫の打ちっ放しのあるとき限定、私の居場所確保。