色鉛筆

母の耳はだいぶ良くなってきたようだが以前よりはかなり聴力は落ちた。

それでも電話でのやり取りが全くダメではないのは救いだ。

高校からの友達との長電話が息抜きになる。体操教室も半分だけ参加して帰ってくる。

1ヶ月以上ほぼ家にこもっていた脚は筋力が落ちたように思う。

家の中を歩く足取りが見ていて危なっかしい。

少しづつ回復していくのだろう。

塞ぎ込んでテレビばかりをじっと観ているだけの1日に変化がみられる。

「買い物行くけど何か買ってこようか」

様子を伺いがてら声をかけると振り向いた。数日前は聞こえていないようで肩をポンポンとするとビクッとしていたから進歩だ。

テレビはついているがテーブルで塗り絵をしている。

「上手だね」

「そう?おだてないでよ」

「いや、私もいっときはまってやってたけどもっと雑で汚かった。上手だよ」

そうかしらと、照れる。

どこかから引っ張り出してきたのか12色の色鉛筆を使って丁寧に塗られている。

「かいものねえ…。どこ行くの?」

「スーパーまで行くよ。あ、ちょっと待ってて」

そうだと思いつき、自分が買ったもののほとんど使わずにしまいっぱなしだった水彩色鉛筆を取りに戻る。24色で微妙な色合いの鉛筆も入っている。

母に「あげる」と渡すとこんな立派なの貰えないと言う。

「私も使いこなせていない罪悪感から逃れられるからもらって。前に使わないからって高そうな硯箱、よこしたでしょ。おあいこにこれ引き取ってよ」

じゃあ…と受け取った。

買ってくるものは鍋にするからと、豚モモ200gときのこにもやし。

「じゃあ行ってきます」

「ありがと。あら嬉しい、色鉛筆こんなに」

『あら嬉しい』が聞けて私もあら嬉しい。