今日は使いものにならない

今、まさに出社しようとするその時、ガッタン、ガラガラドドンッと大きな音がして、それから息子が顔を出し、気の弱そうな薄ら笑いを浮かべて小さな声で言った。

「ごめん、納戸、崩壊した」。

一階の洗面所脇に奥行き1メートル半、間口80センチほどの小さな物入れがある。トイレットペーパー、ティッシュ、キッチンペーパーや、非常用のカート三人分、非常時のトイレ、水、買い置きの電球、捨てるに忍びない紙袋、保冷バッグ、頂き物のビール一箱。要するに嵩張るストックものと非常用のもの、それからとりあえず、放り込んでおくもの、が入れられている。

ただの箱なので棚も何もない。「いつかここに収納ボックスかなんか買ってきちんとしよう」と思いつつ、サイズを測ったりするのが面倒で、そのまま積み上げていた。

なにしろ入り口は狭く奥に深い。高さも1メートルちょっと。出し入れしづらい。体調が悪かった頃は頭も体も働かず、しまうのに迷うものはとにかくここに入れた。

棚がないので突っ張りだなを一つ、天井から平行につけた。ここに非常時のカイロ、トイレ、最近ではマスクの箱、あと何を乗せていただろう。それくらい、ここは沼と化していた。

マスクを取ろうとして、手をかけたのか、力を入れたのか、この突っ張り棚がずれ落ちた。

さっきの大きな音はこれだった。

「ごめんよ」

棚が落ちたくらい、すぐ直せばいいだけのはずなのに、やたら神妙に謝る。

「どれどれ、犯人のいるうちに、現場を見ておこう」

朝食をとりながら日向でまったりテレビを観ていた腰をあげる。

・・・・崩壊している。見事に全て崩れ落ち、それが下を直撃し散乱していた。

日曜に庭仕事、月曜火曜と連日通院、赤ランプが点滅しているから今日はまったり過ごすぞと思っていたが、そうもいかなくなった。

急ぐことでもないから明日でもいいが、気になってくつろげない。

やるしかない。

呆然とする私に、ごめんよとまた息子が言う。

「いいよ、防災関連のものを取り出しやすいようにしないとって思っていたから、神がいい加減やれと言っているんだ、今日はこれで力尽きるから夕飯、期待しないでね。大丈夫大丈夫」

と送り出した。

そこからが大仕事だった。

中のものを一旦全て出す。なんでこんなものをと思うようなものが出てくる出てくる。買い替えたインターネットのルーター、古い掃除機のノズル、羽毛布団が入っていたビニールの大きな袋、あれもいらないこれもいらない。

並行して、力尽きる前に冷凍庫から肉詰めピーマンを取り出し、トマトと残り野菜で煮込む。

非常時用の水の賞味期限が切れていた。二箱ともダメだ。一瞬迷ったが、断水した時のトイレ用の水になるかもと奥にしまう。

洗濯と、トイレ掃除と、ここの整理と、ピーマンの肉詰めと。

気がつくと1時だった。

窓から午後の日差しが入り、部屋は明るい。納戸がすっきりして心も明るい。

夕飯の支度も奇跡的にできている。

思いがけず、すらっとぼける予定だった鬼門の大掃除をやっつけた爽快感。

気がつくと足はガクガク、歩けない。膝から上が浮腫んでいた。

やりきった。

 

写真を撮ってLINEで息子に送る。

「無事修復完了。案ずるな」

夜9時半、息子から「ご迷惑をおかけしました」とスタンプが届いた。

帰宅して、確認したのか寝ているところにやってきた。

「納戸、ありがとう。疲れたんじゃないの?」

「大丈夫じゃ。はよ風呂入ってご飯お食べ、おやすみ」

おそらく、やらかしたのが夫だったら、こうはいかない。