わたしのリズム

昨日、日曜日。

どこかにいこうか。銀座の映画館のホームページを開くと、好みの作品が上映中だった。

息子にトップガンマーベリックはよかったから観た方がいいと勧められているが、それよりこっちが面白そうだ。こんなにドンピシャに自分好みのものにアクセスしたってことは、「観てこい」という神様からのサインなのかもしれない。

このところ体調はすぐれない。

「母さん、今日はどこかいくの」

「いかない」

連日こう答えていると、ひどく自分がつまらない人間のように思う。

姉はライブにいった。その翌日から二泊三日で出雲に旅行に行った。

母は週二回の体操教室、先日は五反田のバーゲン、昨日はさだまさしのコンサート、そして今は吹き矢に出かけていった。

息子の週末はジム、買い物、映画、本屋。

夫は試験、親戚の家の後始末。

夫は仕事だとしても、みんな何かしら自分から外界のエネルギーを取り入れに行っている。

わたしは。毎日外に出るようにはしているが、スーパー。

足を伸ばして行って、隣町のスーパー。

おでかけイベントといったら医者。

来る日も来る日も家の中で海外ドラマを観ている。

焦るなあ。こんなことしていると中身のない空っぽの人間になってしまうかもしれない。

自分を育てる、心豊かにするものにもっと触れたほうがいいのだろうなあ。

なんとなく気になる映画。美術展の情報に触れるのに、そのまま時間は過ぎる。

気になるものには出かけていかないと。ぐずぐずしてたらチャンスはすぐ消えてしまう。

今からなら2時の回に間に合う。今日は銀座まで映画を観に行ってみよう。

洗濯物を干しに二階にあがり、ちょっとだけ休憩とベッドに寝転んだ。

風が気持ちいい。。。ここは風がよく通るなあ。。

「あれ、いたの」

息子の声で目が覚めた。

「降りていったら誰もいないから、出かけたのかと思った」

いつのまにか午後になっていた。ストンと眠りにおちていたのか。

映画、消えた。もう間に合わない。どこかでホッとする。

「疲れてるんじゃないの。今日は寝てたら」

外に外にと焦るのはまだどこかで「よく生きよう」と欲張っているのだな。

よりよく自分を育てないと。じゃ、なくて。

心地よく過ごせるものを選ぼう。いい気分でいられる方を。例えそれが恐ろしくつまらないものであっても。例え周りが活動的に動いていても。私はわたしの周波数で。

今の私は、ヘルシオいじって、買い物行って、午後は海外ドラマみて、お風呂洗って、入って、家族を待つ。それがいい。

みんなにいってらっしゃいと、手を振って、おかえりぃと、声をかける。

地味な。小さな。世界。

それが心地よい。

力を蓄えよう。いつかもっともっと活動的に動き出したくなる衝動がくるだろう。

そのときだ。

芸術も。お笑いも。旅も。コンサートも。

人生は長い。呑気に呑気にお気楽に。