母から一昨日の夕方、電話がかかってきた。
ちょっと歩けば中廊下で繋がっているのにわざわざ電話してくるなんてなんだろう。
「・・熱が出たのよ!」
えっ。
今朝、庭に出ていた母と窓越しにおしゃべりをしたばかりだ。その時はケロケロ元気そうだったのに、あれから発熱したのか。
思えばその前日に、お友達に誘われ散歩にいき、12000歩も歩かされたと、ぐったりした顔で庭からやってきた。
そしてその翌日の、つまり「熱が出た!」と電話してきた日の午前中は、体操教室に行って1時間半、みっちり運動をしてきたのだった。
私と窓越しに喋ったのはその帰り。そんなに具合悪そうにはしてなかったがなあ。
「とにかく、今、先生に電話して、検査してくれるセンターの予約をとってもらってるから。連絡がきたらまた電話するけど、あなたしばらく家には来ないようにね」
彼女のホームドクターの先生は、大きな病院から独立したのであちこちにツテがある。かつて私もこの先生の紹介で有明癌センターに受信したが、初診なのにいきなり、副部長の偉い先生に診てもらえた。(ちなみにこの件では、ポリープ癌は良性のものと判明し、大事にならなかった)
そのドクターのコネクションは健在で、なかなか検査すらできないと報道されるPCRも翌日の午後、予約が取れた。
それが、昨日。
自分の不調でどんよりしているところに、母のコロナ疑惑。
不思議なもので落ち込むかと思いきや、かえってシャッキリする。
しっかりしなくちゃ、何かできることはないだろうか。
姉がいるにしても、働いているから、日々の食事、何か届けてあげようか。ネットスーパーを使って食材を仕入れれば、なんとかできるかなあ。
息子のコロナ対策への厳しさを知っている母は、彼には内緒にしてくれと言ったのだが、運悪く、母からの電話を取り次いだまま、そばに立っていた彼は
「PCRって聞こえたけど、何?どうしたの?誰がうけるの?」
詰め寄ってくる。内緒のしようがない。
仕方がないので
「体操教室のお仲間の家族がなったんだって。だから念のため、受けるんだって。そのお仲間自身も陰性らしいから、きっと大丈夫だろうけど、ほら、お母さんがこんなだから、万が一のことを考えて、念のために受けてくれるだけだよ」
そう答えた。
お仲間のご主人が罹患して、入院したのは本当。その奥様であるお仲間本人は陰性だったというのも本当。
若干、大事なポイントをうやむやに省いたが、まあ嘘ではない。
「大丈夫だろうな、俺明日学校行くんだけど、おばあちゃんが陽性反応だったら、後から、そんな状況でなんで来たんだって言われないか?」
母と息子が接触したのは先週。しかしそれも、ほんの5分程度。普段から密に敏感な彼は母の家には立ち入っていない。
息子は大丈夫だろう。
「どうしよう、まだ卒論の対面質疑応答があるのに。もしそれいけなくなったら、俺、卒業できなくなる。そしたら就職もダメになる、どうしよう」
お前は。自分の心配かよ。
「大丈夫。卒業ができないなんてこと、絶対ないから。就職がダメになるなんてことも、絶対に、ない。大丈夫です。おばあちゃんも、きっと陰性だよ。見た感じ、元気そうだもん」
これで、万が一、陽性だったら面倒なことになる。その時はその時だ、今はこう言うしかない。
「どうしよう、大丈夫かな、もしおばあちゃんが陽性だったら俺たちも検査受けるのかな。そしたら学校休むんだよね。卒論の質疑応答受けられなかったらどうなるんだろう。卒業できなくなる」
それからも、絶え間なく、自分の心配と狼狽を口にする。
「ねえ、どうしよう」
「もう、やめて。卒業、就職関連はまるっきり問題ないよ、絶対。そんなに大騒ぎしないで。だいたい、この状況で心配するのは自分のことか。」
「だって俺にとっては人生の最大事だ」
ムッと声を荒げる息子。いつもならこの辺で私は黙る。
しかしさらにそのあとも「大丈夫かな」「どうしよう」「だいたいなんで緊急事態宣言出てるのに体操教室行ったんだよ」「結果、いつわかるの?」とぐちぐち言い、うんざり反応しないでいる私に、例の「なんで無視すんの?」と絡続けた。
我慢できず、口を開いた。
「もう、勘弁してよぅ。そうでなくても、自分の身体が急に訳わかんないことになって気分が落ち込んでいるのに、起こるわけもない妄想に付き合って、いちいちなだめてやる気力なんかないよ。」
ああ、言っちゃった。
自分の身体を理由に相手を責めるのは反則だと思ってやらないことにしてたのに。やっちゃった。
言われた息子、さすがに黙り、荒々しく二階に上がって行った。
こういうのが一番堪える。
ひとりになってからも、もう少し陽気なやり取りできなかったかと思う。
このところ、息子の我がまま甘ったれを受け流せない。
でもま、これもいいか。こうやって衝突しあえるようになったのも、いいことかもしれないなどと、自分に言い聞かせる。
そして今朝。私のどんよりモードは続く。
浮腫は上げ止まりだが、すっきりしない。もうここが最終地点で落ち着いてしまうのか。
お母さん、どうしたろ。熱は下がったかな。あとで電話してみよう。
気のせいか食欲もない。
朝食が済み、夫が出かけ、台所でレンジでチンしたじゃがいもを潰していると、電話がなった。母だ!
「もしもし」
「あ、アタクシ〜」
「どうした、熱は・・」
私の声にかぶさって向こうから声がした。
「無罪放免〜。今、先生から電話が来た」
力が抜ける。よかった〜。
この一瞬、よかったという思いでいっぱいになった。自分の浮腫がどうのこうのも、頭からすっ飛んでいた。
ああよかった。
よかったよかった。
「あなたもね、気をつけなさいよ、チョロチョロしないで」
この軽口が出るということは、もう安心だ。熱ももうすっかり下がったそうだ。
平和が戻った。
疑い騒動だけでこんなに消耗するのだ、当事者、医療従事者の方々、そのご家族、どんなだろう。
もう丸一年、暗闇の中、自分を家族を奮い立たせているのだろう。
神様。
もうそろそろ終わりにしてください。
みんな、何が大事なことなのか、気がつきました。
気がついてない僅かな人たちがもしいるのなら、みんなで「それは違うよ」と語りかけますから。
もう、終わりにしてもいいでしょう?神様。