拙者が

「ときどきここに、短い髪の毛がパラパラ落ちてるから、ちゃんと拾って捨ててね」

洗面所で手洗いをしていた息子に言った。

朝の身支度の際にドライヤーかブラシで抜け落ちたらしきものが、そのまま放置されていることがたびたびある。見つけた時に、わざわざ呼び寄せて注意しても機嫌悪くなるだけで、お互い嫌な思いをするから、その都度、私がティッシュで拭き取り捨てていた。

ちょうど、目の前にいるので、そうだそうだ忘れないうちにと言ったのだった。

「短いなら俺じゃないよ、親父だよ」

「またすぐそうやって、人のせいにする」

夫は頭が薄い。地肌の方が優勢な状況だ。本人もさほど気にしていないようで、なんかしらのローションなど使っている様子はない。

私自身も彼の今のヘアスタイルは気に入っている。ここでもし、彼がカツラを作ると言い出したら反対する。それくらい、いい具合にまばらになっている頭は、いい感じに優しそうで穏やかな気のいい親父風で好ましい。

だからこの落ちている髪は夫のはずがないと息子に注意したのだ。

「ほんとだよ、俺の髪もっと長いよ、そんな短い毛、ないよ」

ふむ?ふむ。

言われて改めて見てみると、確かに彼の頭についている髪の毛はどれも10センチ近くはある。私がいつも拾っているのは2センチ前後のものだ。

「じゃ、あれ、父さんのってことか」

「そうだろ、俺じゃない」

「かわいそうに、まだ、抜けてるんだ」

やっぱりどこか気にしているであろう。まあ大喜びしてはいないよな。

「親父に言ってくれ、俺では、ない」

「そうかそうか。ならよいよい。私の口からは忍びなくて抜けた毛を捨てろとは言えん。よいよい、引き続き拙者が始末いたそう」

甘やかすなと、ゲラゲラ笑って息子は去った。

ま、言ったところで、きっとこれっぽっちも本人は気にもしていないだろうがの。