前日うっかり詐欺からの電話を愛想よく取り次ぎ、夫息子にお説教された翌日、またやらかした。
掃除洗濯、昼ごはん、夕飯の下ごしらえが済んだ午後、さあてとっと、転がった。
何の気なしに仰向けになり両手を上にかざす。
・・・・。
・・・・!!
「大変。指輪がないー」
テーブルで遅れて一人、昼食をとっていた息子が吹き出す。
「なんやそれ」
ない、どうして、どこだろ、なんで?なんで?
床に寝転ぶとき無造作に投げたクッションを拾い上げ、降る。カーペットに這いつくばる。どこにも落ちていない。
違う。ここじゃない。指から外れ落ちたのは今じゃない。
直感的にそう思った。
トイレ掃除のとき。雑巾を突っ込んで奥まで洗っているあのときだ。とスルッと抜けて流れたの違いない。
前にも一回危ないことがあったが、とうとうやっちゃったんだ。
心が一気に曇雲に覆われる。
すぐ二階に行き夫のいる部屋の扉をそっと開けた。
「・・会議・・中じゃないね・・」
「大丈夫よ、どしたぁ」
「指輪なくした」
えぇっ?
どこで。今。いつ。知らない、今、気がついた。どこで。だからわかんないんだってば、気がついたら無かったんだもん。
気の毒な夫は前日に引き続き、仕事を中断し階段を降りていく。
床、庭、お風呂、流し、ゴミ箱、お流し、ありとあらゆるところをひっくり返して一緒に這いつくばるが見つからない。
「大丈夫だよ、今日はまだどこにも行ってないならきっと家の中にあるから。いざとなったらまた買えばいいんだから」
そう言って仕事に戻った。
どこかからきっと出てくると夫はいうが、私は確信している。
トイレで流したに違いない。だから、もう出てこない。
そう思うと決して広くはないこの我が家をあてもなく探し回る気力も失せる。
観ようと思っていたNetflixもそんな気分になれない。
クッションを胸に抱え、ゴロンゴロンと転がっていると、息子が二階から降りてきた。
「落ち込むな。やらかしてないから。トイレ掃除で流してたとしても、この家でトイレを掃除しているのは母さんだけだからな。トイレ掃除をしているからこそ起きた事だ。悪くない。これは、やらかしじゃない」
ありがとよ。
確に気がついたら、無かったのだ。決して自分から抜き取り、どこかに忘れてきたわけではない。
なんか手が軽いなぁと思ったら消えていたのだ。
それでも、なんだろう、この思ってもいなかった罪悪感。
あの日、あのとき二人で選んで決めた、二人の指にあったものを私の方だけなくした。それを一生懸命捜す夫。風呂場の排水溝の蓋を持ち上げているその後ろに立ち眺めていたとき、これまで感じたことのない、いたたまれなさだった。
罪人。私は罪人だ。もはや呑気にダラダラ寝転んでドラマを観ることは、私には許されない。
「会議終わったから」
夫がまた階段を降りてきた。
「布団周りじゃねーの。ベッドの下とか」
息子の言葉に今度は二人で寝室に戻る。そこはさっき見たよというところを念のためにと、布団を剥がし、バッサバッサと振る。枕の下もベッドの下周りもやはりダメだった。
「ちょっとこれめくっていい?」
マットレスを持ち上げながら言う。
「ええ?そこは無いよいくらなんでも」
でも念のためと、さっきシーツを取り替えてきれいしたばかりのを、ガバッと持ち上げた。
ああ、、せっかく綺麗にしたのになあ。でもこの場合文句など言えるはずもない。
「あった!あったあった!ほらっ」
なんと見つかったのだ。シーツを差し込む時にマットレスの下に手を突っ込んだ。その手を抜き出す時にマットとベット台の間に挟んだ指から外れ、そこに置いてけぼりになったのだろう。
懐かしい、模様も摩擦で消え、歪な楕円になっているプルトップみたいなリングが目の前にある。
釈放・・・助かった・・・Netflix、観てよし・・・・・。
「わーい、今夜はお祝いだ、飲もう」と夫。
「またすぐ何かに託けて飲もうとするし」と息子。
二人はケラケラっと笑い、それぞれの作業に戻った。
「スーパー行ってくる」
私はというと、速攻、ステーキ肉と、夫のワイン、息子の梅サワー、ポテトチップにアイスと、お騒がせしましたのお詫びの品を買うのであった。
ホッとした穏やかな脱力感に包まれながら。