集金です

敬老の日に母に季節の花の寄せ植えを贈った。

私一人でなく、姉、息子、夫、全員四人からということにした。

「あなたからもらっても。あなたばっかりいい子になって、お姉さんの立場がないじゃない」

別に私だって姉を出し抜いて自分だけいい子になろうなんて思ってもいないのだ。しかし、息子が反抗期に入った頃から、家族間でプレゼントし合うのを、ベタベタしててめんどくさいと嫌がるようになってしまった。

私や夫に何にもしないのは構わないが、ピタリと止まった孫からのお祝いを、母は飲み込めない。

息子の代役のつもりで私が用意したところで、翌日には「誰からも何にもないわよ」と友達に電話してブウたれる。

要はみんなに大事にされてると、そう思えない老人の日が寂しかったのだ。

この敬老の日は、なかなか厄介なところがあって、以前、姉に二人で一緒に贈ろうと相談したところ

「あの人は私のお婆さんじゃない」

と断れた。お母さんだから、敬老はしたくない、ということなのだ。

彼女は母が老人になることを異様に恐る。

いつまでも元気な「私のお母さん」でいて欲しいのだ。

そして母も母でそんな姉のために「現役お母さん」であろうと頑張っている。

本来なら息子が孫なのだから一人で「おばあちゃん、いつまでも元気でいてね」と祝ってくれれば、私だって助かる。

しかし、就職や、友人関係、その他もろもろ、母親である私が頼りないからか、性分なのか、あれこれ口を出して教育し続ける婆ちゃんと距離を置きたがる。

顔を付き合わせれば、その場その場で当たり障り無く優しい言葉で返答するが、自分からは近寄ろうとしない。

「やだよ、顔出せばまた、やれ姿勢がどうだとか、もっと外に出て友達と付き合えとか、うるさいんだもん」

息子も、もう一皮向ければ変化するのかもしれないが、この数年は頑に、おばあちゃんを喜ばしてやろうとプレゼントをする、以前のような優しい孫は姿を消している。

私が贈ればいいってものではない。私だけじゃダメなのだ。

注文を済ませ、お一人ずつ集金に向かう。

「おばあちゃんに敬老の日で花を贈ったから1000円頂戴。ネエネと、父さんと、私とあなたからってことになってるから。一律、これからみんなに集めて回るの」

まずは息子。素直に出した。

次、実家の二階に忍足で上り、姉の部屋に行く。ベッドに寝っ転がってテレビを見ていた。

「お母さんに花を贈ったから、ご賛同いただきたく。1000円」

「なんのお祝い?」

敬老の日。あなたは孫じゃないけど、老を敬うってことで、全員参加でお願いしてます」

あ、そ。と大人しく出してくれた。

一番懸念していた二人が済んであとは楽勝。自宅に戻る。

「よろしいかな」

「今持ってくる」

今朝、母のところに行き、明日の午前中、多分寄せ植えが届くよ、四人全員からだよと話す。「お姉さんも?」

目を大きく開けてこっちを見る。

そうだよ、息子も参加してるよと加えると、あらあら、それはそれはと喜んだ。

「だから、お姉さんにもちゃんとお礼言ってね、息子はラインでいいから」

「わかったわかった」

ふう。

敬老の日は意外とデリケート。我が家の場合。

 

野暮ったいのがいい

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野暮なこと言いいっこなしよ

庭の芝刈り第二弾をする。

どうも私の場合、家事を済ませ、さあてと意気込んでやるより、朝食の食器もまだお盆に乗ったまま、おもむろに立ち上がり、庭に出て、ちょっとだけ・・・と手をつける方がいいみたいだ。

なんとなく億劫でも、気負わず、なんとなぁく始めると「あとちょっと、もうちょっとだけ」と、なんだかんだいいながら2時間程度、作業が進む。

すぐ止める前提で。本腰を入れずに。

なんともいいかげんな向き合い方だが、この方がムキにならずに、無理もしない。

いっぺんで頑張って完璧を目指し、もう当分放っておいて大丈夫なんてやると、疲れ果て、そのあと一日台無しになる。

ブロガーさんから教わった根を残すというやり方。

あえて根こそぎ完璧とせず、伸びているところだけを綺麗にする。

「そんな上部だけやったってダメよ」

と母はいうけれど、こうやってチョコチョコ庭に出て土いじりをするのは、私には向いている。

雑草を邪魔だからと命を断つ罪悪感もないし。

そんなことを考えながら、バリカンで表面を撫でる。

これで完璧、と得意になっているのって、野暮だわ。

私に甘く、植物にも甘く、ゆるゆるの草むしりの出来栄えは、それこそ野暮ったいが、らしくていい。

私らしくて。

野暮ったいのこそ、私の持ち味なんだ。

ご満悦

朝のテレビ番組で主婦がコロナの中、家族が常に家にいるようになって、自分の居場所がなくなりお疲れ気味だという話題をやっていた。

「母さんのことやん」

息子がすかさず呟く。あら。わかってくれてるんだと知ると、我慢も我慢じゃなくなる。

「親父、これうちのことだぞ」

我関せずと新聞を広げていた夫は、突っ込まれ初めて顔をあげた。

「え?あ、そう?そうか」

お愛想程度に画面をちらりと見、

「ありがとね、感謝してる」

とまた、誌面に目を落とした。

「おざなりに」

あまりの心のこもらない「ありがと」に笑って不貞腐て見せると、それは聞こえたようで

「ホントだよぉ、思ってるよぉ」と、これまた台詞のように繰り返した。

テレビの中では問題解決のための模様替えが始まった。

キッチンカウンターの下に並べてあった本棚を、部屋の角から少し離して背あわせで置き、その中にミニデスクを設置した。幅1メートルほどの小さなスペースができた。

「いいですねえ、パーソナル感あります〜」

模様替えをしていたお笑い芸人が、ご満悦でそこに収まった。ここが彼の仕事場になるらしい。

奥様にはカウンターにハイチェアを置き、そこでパソコンや読書ができるようになった。

息子も夫の関心はすでに逸れ、テレビを観ているような観てないようなで、話題も他に移った。

私は相槌をつきながら、じっと画面を観続けた。

 

夫がやがて二階に上り、息子は健康診断に学校に行支度をはじめた。食器を流しに持っていき、早速はじめる。

あの整理ダンスを・・あのミニ机を・・椅子を・・で、パーテーションをあそこに・・。

テレビを観ながら脳内でイメージしていた通りに家具を動かす。

コロナ体制はどうやら長丁場だ。

間にあわせにあっちこっち定まらなかった私の居場所も、ボチボチス本格的に確保しよう。

遠慮していたが、テレビの定位置が移動し、ご不満が生じたとしても、多少の我儘は許してもらってもいいだろう。

だって私、頑張ってるもん。

「できた。今日からここがお母さんの部屋」

ちょうどそこに二階から荷物を持って降りてきた息子に見せた。

狭苦しくなったとか、移動させたテレビが見にくくなったとか言われるかと様子を伺ったが、

「あー、ハイハイ、よかったよかった」

あっさり流された。

よし。承認された。

窓際に構えた私の新基地。テレビ、テーブルからパーテーションで区切った隅っこは個室感があって落ち着く。

くるりとすれば、庭を眺めてぼんやりできる。いいでないの。いいでないの。

別にやることはないが机に向かって、私もご満悦になった。

問題は冬だ。

窓からの冷気でここは寒いのだ。特に足元は重要な案件になるだろう。

ま、そのときはそのときということで。少なくともあと2ヶ月は快適だ。

とにかく今のところは、嬉しい。