朝起きて外の様子を聞く。
風の音、雨の音。昨夜の天気予報から予想していたよりも勢いよく降って吹いている。
2ミリの雨とあったが気温は高そうだったので、傘をさしてラジオ体操、行こうかと思っていた。が、この強風は予想外だった。
ベッドから降りカーテンを開ける。
ううむ。これは。春の嵐。
「今日はやめといたら」
目覚めたまま布団の中でスマホを見ていた夫が言った。
「お茶を持ってくるお爺さんがいてさ」
いつもポットにお茶を入れて持ってくる90を過ぎたお爺さんがいる。
赤いキャップを被り、自転車に乗って後ろの大きなカゴにそのポットと紙コップを入れやってくる。
体操が終わると皆を集め、振る舞う。
雨が降ると屋根のある小さな広場に少人数が集まってやるのだが、当然人数は少ない。
そんな日でもお爺さんはやってくる。自転車で。傘をさして、片手で運転してくるのだろうか。私が辿り着いた時にはいつもベンチに座っているのでわからないが、必ずいるのだ。
雨の日はさっさと帰りたい。そそくさと去ろうとすると「おーい、茶、飲んでけ」と呼び止められる。
「今日はちょっと急ぐので、ありがとうございます、また今度」
「飲んでけ」
「はい」
しょうがないなあと思って飲んだつもりが、美味しい。これが、美味しいのだ。
「グラム3000円もするお茶持ってくるのよ」
先日、帰り道に話しかけてきたおばさんが笑って教えてくれた。
「私には理解できないけどね。グラム、3000円」
特別お金持ちというわけでもない。ただの爺さんよ。そう言っていた。
お茶を紙コップに入れ皆に回す。紙コップはいつもたくさんある。何人やってきてもいいように。
そしてそこで自分が高校生の頃、成績が良く今も存在する進学校で有名な学校に通っていた時代の武勇伝を話す。
東大に行った同級生達が今ではただの爺さんだと笑って終わるところまで、その内容はいつも同じ。
まるでネタのように、話のヤマもオチも決まっている。それを毎回得意そうに話す。
飲んでいるもの達は全員大人なので、こちらも毎回初めて聞いたように相槌を打つ。
「誰もいなかったらかわいそうかと思って多少の雨でも行こうかなぁって思ってたんだけどさ。ダメだ。私が風邪をひく」
今日は諦めた。
すまん、じっちゃん。
この雨の中でもじいちゃんはあの屋根の下のベンチにいるような気がする。
誰か一人でも行ったかなあ。